夏の暑さに目を合わせて
こんばんは。7月2日はナツの日と幼少期から刷り込まれてきたナスビ丸です。
毎年この日から夏が始まると錯覚していますが皆様はいかがお過ごしでしょうか。
夏と言われて想像するものはなんでしょうか。
暑い日差し。広大な海。緑が映える森。河原でのバーベキュー。神社の夏祭り。空に広がる花火の音。もう二度と帰ってこないあの日。飲みかけのクリームソーダ。あの子の涙のわけ。。。
後半に差し掛かるに連れてなぜかノスタルジックな思い出ばかりになってきた気がするのは私だけではないはず。
きっと誰もが特別な思いを持っているのは夏という季節のせいではないでしょうか。
今日はそんな夏の物語をお届けします。
別に誰も見ていなくても構いません。ただ少しこの夏の匂いに溶け込みたいだけなのです。
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梅雨が運んだぎこちない天気も少しマシになってきたある日のこと。
一般的には田舎だと認識されている海沿いの街で、釣り竿を垂らしている少年の帽子の下には、水中に確かにいるはずの魚たちを睨みつける眼差しが浮かんでいた。
かれこれ二時間は粘っていただろうか。初めは乗り気で連なっていた数人の友達も、あまりの釣れなさとうだるような暑さに嫌気がさしたのか、少年を置いてとっくに家に帰ってしまった。
今頃は金持ちの友人の広くて涼しい部屋の中でチューペットでも啜りながら、一人池に佇む少年のことなどとうに記憶から消え去っているのだろう。
大漁に釣って持ってってやるからさっさと帰れ根性無しどもめ、と啖呵を切った手前、半ば半ば意地になって釣り竿を掴んでいるだけの時間と頬を伝う汗が流れ落ちていく。
うだるような気温と目に見えそうな湿気が、竿を掴む少年の思考をぼやけさせていく。
すでに持たされた水筒は空になり、苔にまみれた雑菌の温床で心地好さそうに泳ぐ小魚にすらなってしまいたくなるほどに、少年の疲労は頂点にまで達していた。
あの時意地になっていなければ良かったのに、意識の灯火が消えかかりそうになったその刹那、山の如く微動だにしなかった竿の先端が激しく動き出した。
おお!と一声をあげた少年は慌てて釣り竿を握り直す。
少年のか細い腕で引っ張るものの、掴んだエモノはなかなか姿を表さず、水中を右往左往している。
少年は祖父から耳にタコができるほどに聞かされていたこの池の伝説を思い出す。
夏の暑い昼下がりに時折現れるのはもう数百年も生き続けているという噂の巨大な池の主。
幾人もの釣り人が挑戦したが釣り上げたものはおらず、あまりに釣れないためにもう死んでしまったのではないかと諦めた噂すら流れ始めているほどだ。
これを釣り上げれば大漁以上の成果だと判断した少年は、逃げ惑う大魚に負けじとか細い腕でしなる釣り竿を再び握り直す。
大魚が反応してから数分が経過し、少しずつ疲労が溜まってきたのか糸を引く力が少しずつ弱まってきた。
少年は最後の正念場とばかりに、残された力を振り絞って全身を使って竿を引き上げる。
夏の日差しを受けて輝く水面から姿を表したのは、1メートルはくだらない大きな体を苔で覆い尽くした超大物の鯰。その顔には怒りや憎しみに満ちた表情が溢れ、釣り上げた少年に対して確かな敵意を向けてこう言った。
「餓鬼、今すぐにそこから去れ。今のうちならば見逃してやる。悪いことは言わぬ。」
突然語りかけてきた池の主の姿にも、少年は不思議と恐れることもなく主に話す。
「去るものか。僕にはお前を釣り上げて帰る理由があるのだ」
水中を蠢くそれに引きずられないように小さな足を踏ん張り続けるが、主も捕まるまいと力いっぱいに小さな池を泳ぎ回る。
「理由など、そんなものは無い。お主の中にあるのは小さな見栄だけである。自己を満たすためだけに私の身を易々と授けることなどできぬ」
掠れた老人のような主の一言に、少年は意地になっていた自分の感情に初めて気づくことができた。
「そもそもこの暑さの中で幼い子供を長時間一人で釣りをするなどお主の親は一体どう言った教育をしておるのだ」
主は続ける。少年は自分を支えてここまで育て上げてくれた家族の愛情に気づくこともできた。
「それに私はただこの池で余生を緩やかに過ごしているだけの老いた魚なだけで、主などというものでは無い。勝手に人間が決めつけては、こうして身勝手に我らの環境を傷つけ、そして身勝手に去っていくのだ」
少年は人間の愚かさを悟り、気づけば目には涙を浮かべていた。
「しかし餓鬼よ、たとえ見栄だとしてもこの私に張り合うとは見上げたものだな。この地球に蔓延る悪しき考えを拭い去ることができるのは、お主のような子どもたちなのかもしれないな。随分と長くこの池に佇んで佇んではいたものの、お主のような魂を持つ者は初めてだ。よかったらLINEを交換せぬか?」
たどたどしくも力強く語る主の言葉が消えかかる前に、少年はこ慣れた手つきでスマホのを取り出し、QRコードを表示しようとしたその時。
少年のサンダルが脱げ、体勢を崩したまま少年は池に転がり落ちてしまった。
池の淵には黄色いサンダルと、空っぽの籠、そして激闘があったことなど微塵も感じられないほどの静寂だけが取り残されていた。
その後に少年の姿を見たものは誰もいない。
むしろ初めから居なかったのかもしれない。
池の周りには夏の始まりを感じさせるような温い風が、伸びきった池から生える葉を揺らすだけだった。
完
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いやどんなオチやねん!
思わず突っ込んでしまうようなお話でしたね。
しかも全然淡くもなんともないモヤモヤするだけの話です。
あ、もちろん創作ですのでご安心ください。出来心でほんの1時間くらいで書いただけです。
後半飽きたとかそういうことでも無いです。全部雰囲気壊してみたらどうなるのかなと思ったそんな出来心でした。
よかったら夏のお供にでもどうぞ。
それでは、また。
※明日から数日間、不定期での掲載になりますがご了承ください。極力時間を見つけて書いてまいります。